モジリ兄とヘミング

岸天智TENCHI KISHI

僕は海に行けない

僕は以前、大学で映画を学ぶ学科にいました。
そこでは様々な映画に関する授業が行われていて、映画製作科では脚本執筆や監督をする為の授業や、基礎的な知識を蓄える為の座学であったり、映画史を知る上で重要な作品を鑑賞して評論する訓練のような授業がありました。
授業の中で色々な作品に触れながら、特定のジャンルが向かいがちな傾向などについて触れられる事は頻繁にあったのですが、その中で最も多くの講師から聞いたのは「学生映画ってみんな最後海行くよね。」という文言でした。

定期的に同じ学生達が自主制作した短編などの作品を鑑賞する機会があったのですが、夏も海、冬も海、とにかく海でした。確かに、主人公には色んな設定があり、例えば恋をしていたり家庭環境の何かに悩んでいたりするのですが、最終的になぜか海に行って、浜辺で叫ぶか泣くかして終わる作品がかなり多かったのです。
一体、どうしてこんなことになってしまうのか。
これはつまり、僕たちは幼少の頃から深層心理に「青春=海」というイメージが殆ど洗脳と言える程に強く深く植え付けられてしまっているからだと思います。

思い返せば、あれは2007年頃のとある暑い夏の日でした。

中学生だった僕は夏休みだと言うのに、友達が少ないせいで大人数で遊びに行くようなイベントも無く、ただ冷房の効いた部屋の中で友人と2人、コーラを飲みながら徹夜で怪獣のような敵に石などを投げ付けたりするような内容のゲームに夢中になっていました。
正確には夢中になっていたと言うより、他にやることもなく、それに夢中にならざるをえないほど暇でした。

夜の間はゲーム漬けな事も、なんだか悪い事をしているような雰囲気がして楽しめるのですが、カーテンの隙間から朝日が差し込むようになってくると、なんというか、虚無感・喪失感のような、取り返しのつかない大切な時間を無意味に浪費してしまったんだという絶望に似た感覚に全身を包まれるんですね。

「何のためにうまれてきたんだろうな、ハハ」
友人が呟くように言いました。僕は聞こえなかったフリをして「一旦寝よう」と提案し布団を敷こうとしたんですが、僕も「日本中で、俺たちだけ、青春、これか」と本音を漏らしてしまいました。

「今から海、行こうぜ。」
どっちが提案したのかは覚えてません。ただ海に行けば何かがあると思った。ただそれだけを理由に、海に行こうと決意した瞬間でした。

何か、ビーチで、エッチな感じのお姉さん達に気に入られてしまう、なんていう事があるのではないか。麦わら帽子に白いワンピースを着たような地元の女の子と、貝殻を拾ったりするのではないか。そんな妄想が拍車をかけ、頭の悪い僕たちは、朝起きてきたお母さんが心配しないようにと書き置きを残して家を飛び出しました。

お金も無く、頭も悪く、当時携帯電話もパカパカ開くローテクな機種しか存在しない中学生の僕たちが、自力で海に行く方法はたった一つだけでした。二台の自転車(子供用の小さなMTBとママチャリ)にまたがり、「西から登ったお日様が〜ってバカボンで言ってたから、その逆に日が登ってる方向に行けば東だ!」東に行けばいつか海に到着するはず。何故なら日本は島国だから。という、正しいけど間違っている理屈を掲げて、僕らは走り出しました。

知らない角をひとつ曲がると、それはもう旅の始まりなんですね。1時間ほど走るともう見た事ない景色で、とたんに不安になってきます。 早朝の誰もいないシャッターの閉まった商店街を二台の自転車が疾走する。そんな時、バサバサという音が後頭部の少し後ろから聞こえてきました。振り返ると渡り鳥のような形で群れを作った大量のハトが翼を広げて僕らを追ってきていました。それは普段公園などで見かけるクルックポッポーという雰囲気の、どこか間の抜けた存在感では無く、確実に野生のケモノといった気迫があり、腰を抜かした僕は盛大にこけ、膝あたりに大きな擦り傷を作りました。

「大丈夫か!」
友達が、倒れたまま動かない僕に近寄って、体を揺すります。

「帰りたい」
僕はへたれでした。正直もう帰りたかった。早朝の変なテンションで飛び出してきたけど、どう考えても車で何時間もかかる道のりを自分らで行けるはず無い。

「もう少しだから頑張れ」
何をもってして「もう少し」なのか。全くわかりませんが、大量の飛び交うハトを背に朝日に照らされた友人の顔は、いつもよりどこか頼もしく見え、僕は「うん」と、また走り出しました。

そこから、はぐれたり、迷子になったり、何か落としたり、色々失いながら、5〜6時間ほど走り続けました。絶対に東に進み続ければいつか海に着くはず。そう信じて走り続けましたが、どこか、何かがおかしい。

僕のイメージでは、都心から出て海に近づけば近づくほど、なんというか田舎になって、森とか砂利道とか木造建築が増えていくはずなんですね。けど実際には、道路はどんどん太くなり、視界に入るコンクリートの面積は増え続けて、どでかいトラックがビュンビュン走っている。そんな景色が眼前に広がっていて。確かに「海浜〜」みたいな文字はよく目にするようになり、太い川なんかも渡った記憶からも、海に近づいていっているという確信はあったんですが、どうにも変。
更に走り続けるとコンビニを見つけました。レジには機嫌の悪そうな店員のおじさんが何か作業をしていて、恐る恐るたずねました。

「ここらへんに、海の家とか、ありますか?」
機嫌の悪そうなおじさんが、こっちをじっと見て、ゆっくりと口を開いて「無い」と言いました。今思えば、そりゃそうでしょ、という話なんですが、当時は「なんだこのおじさん怖いなあ」とか思い、コンビニを後にして更に進み続けると、ようやく、海に到着しました。

フェンスが張り巡らされ、その向こうのコンクリートでできた岸壁に薄く濁った海水がゆったり揺れていて、海水の中には投棄されたゴミが漂っていました。よく見ると海底に原付バイクや冷蔵庫なんかが沈んでいて、めちゃくちゃ汚かったのを覚えています。

僕たちは青春に辿り着けなかったのか、それともこれこそが青春の正体だったのか。そんな事を考えながら、同じ道を同じ時間かけて戻り、迷子になり、ipodを無くしました。

家に帰ると、テーブルの上に自分の書いた「青春は海に」という訳の分からない書き置きが西日に悲しく照らされていました。

その後、結局僕は大学の卒業制作で、最終的に主人公が海に行って、なんか泣く。みたいな内容の脚本を書いて撮影する事になったのですが、制作費の大半を各所に支払ってしまった段階の撮影2日目に助監督の方が居なくなってしまい、なんやかんやで制作続行不可となり、その撮影も海にたどり着く事はなく、終わったのでした。

いまだに海に辿り着けない僕が、いつかどこかにたどり着ける日は来るのでしょうか。あの日の書き置きは今も実家の倉庫で成就されるのを待っています。

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